彫刻という人生、宇宙の中の自分

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自分を裏返すと、宇宙になる。

そう感じたとき、うまく言葉にできなかった。
繋がっている、とも少し違う。表裏、とも少し違う。
ただ、そういう不思議な空間が、確かにある。


ずっと、人生とは経験を積み重ねていくものだと思っていた。
知識を、記憶を、関係を。自分という器に、少しずつ。

でもあるとき、急に逆になった。

人生は彫刻に似ている。
最初からそこにある塊を、余分なものを削ぎ落として、本来の形を現していく。
経験はその塊に積み重なるのではなく、周りをノミで削りだしていく彫刻のようなものだったんじゃないか、と。

だとすれば、自分が変わっていくというよりも、剥がれていく、削られていく。
覆っていたものが、少しずつ。


「わかることだけで物事を考えるのは、理にかなわない」と思う。

科学も哲学も、突き詰めると「わからない」という壁に必ずぶつかる。
意識とは何か。時間はなぜ流れるのか。宇宙はなぜ存在するのか。

だから、わからないまま感じ取ろうとすることは、むしろ誠実なことだと思う。

すべての時間が同時に存在しているかもしれない、という感覚。
以前なら非常識だと脳が処理して、すぐに閉じていた。
でも今は、そうかもしれない、と思える。

何億光年も前の星の光が「今」目に届くとき、
過去はすでに現在の中に存在している。
時間が一方向に流れるというのは、もしかしたら私たちの処理の仕方であって、
現実そのものの姿ではないのかもしれない。


普通の会話の中に、本質が透けて見えることがある。
相手は気づいていない。だから言えないことも多い。
それは孤独ではあるけれど、辛いわけでもない。

自分の言葉が届くのは、5年後だったりする。
じわじわ変化したものは、定着する。
だから焦らなくていい、とわかっている。


削ぎ落とされて出てきたもの。
それが自分の人生であり、同時に宇宙であり、
過去でもあり、未来でもある。

そういう気分の今日この頃です。

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