Love and Fear

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愛されることで

愛することを覚え

 

裏切ることで

裏切りに怯え

 

信じることで救われる

信じることで報われる

 

 

 

 

By being loved,
we learn to love.

By being betrayed,
we fear betrayal.

By trusting, we are saved.
By trusting, we are rewarded.

 

 

 

 


Love and Fear


信じられなくなった男

三十八歳の秋、彼は誰のことも信じられなくなっていた。

職場で親友だと思っていた同僚が、彼のアイデアを自分の手柄として上司に報告していた。それだけではない。その同僚は、彼が密かに抱えていた過去の失敗を、さりげなく社内に流していた。気づいたときには、周囲の目が変わっていた。廊下ですれ違っても、誰かがすぐに視線を逸らす。会議で発言すると、一瞬の間がある。

被害妄想かもしれない、と思った。でも違った。全部、本当のことだった。

その日から、彼は笑うときに一拍遅れるようになった。誰かが親切にしてくれると、まず「なぜ」と考えるようになった。人の言葉の裏を読み、好意の中に罠を探すようになった。

それはひどく疲れる生き方だった。でも、やめられなかった。


最初に愛を教えてくれた人

幼い頃、父は無口な人だった。

褒め言葉を口にしない。感情をあまり表に出さない。夕食の席でも、会話より沈黙のほうが長かった。子供の頃の彼は、その無口さを「冷たさ」だと思っていた時期がある。

でも、ある日気づいた。

風邪をひいた夜、目が覚めると父が枕元に座っていた。眠っているものだと思っていたのか、父は気づかずにただそこにいた。何かするわけでも、話しかけるわけでもなく、ただ息子の寝顔を見ていた。その横顔が、彼が知っている父の顔の中で、一番柔らかかった。

翌朝、何事もなかったように父は新聞を読んでいた。

彼もその夜のことを口にしなかった。でも、何かが変わった。愛は、言葉で来るとは限らない——そのことを、彼はあの夜の父の横顔から、体で覚えた。

父から愛されることで、彼は愛することを覚えた。

言葉よりも行動で。主張よりも存在で。そこにいることで、誰かを守れることがあると——そう信じて、生きてきた。

裏切られるまでは。


裏切った夜のこと

正確に言えば、彼も一度、誰かを裏切ったことがある。

二十代の終わり、彼には後輩がいた。不器用で、要領が悪くて、でも誰よりも誠実な男だった。その後輩が大きなプロジェクトで失敗したとき、責任の一端は明らかに彼にもあった。でも彼は黙っていた。会議の場で、後輩が一人で頭を下げるのを、ただ見ていた。

「庇えばよかった」と、ずっと思っていた。

後輩はその後、部署を異動した。引っ越しの挨拶に来たとき、「お世話になりました」と頭を下げた後輩の目が、彼の目をまっすぐに見ていた。責めているのか、許しているのか、わからなかった。その目の意味を、彼は今でも答えを出せないまま、どこかに仕舞い込んでいる。

裏切ることで、裏切りを知った。

あの日から、誰かに「信頼しています」と言われるたびに、どこかが痛んだ。自分がその言葉に値するのかどうか、確信が持てなかった。

だから、いつも一枚ガラスを隔てたように、人と接するようになっていった。


娘の話

彼に、七歳の娘がいた。

娘は父親に似て、多くを語らない子だった。でも目がよく笑う。何かが嬉しいと、言葉より先に目が輝く——そこだけは、母親に似た。

ある日曜日の朝、娘が絵を持ってきた。画用紙いっぱいに描かれた、不格好な家族の絵。彼と妻と、娘と、それからなぜか犬が一匹(飼っていない)。

「とうさんの顔、難しかった」と娘は言った。「笑ってるのか笑ってないのかわからないから」

彼はその言葉に、何も返せなかった。

笑ってるのか笑ってないのかわからない——七歳の子供に、正確に見抜かれていた。

娘は気にするでもなく、「でも好きだよ、この顔」と言って絵を置いて走っていった。

その夜、彼は久しぶりに父のことを思い出した。風邪の夜、枕元に座っていた横顔。何も言わず、ただそこにいた父。愛は言葉で来るとは限らないと、あのとき覚えたはずだった。

娘は今日、同じことをしてくれた。

わかった上で、「好きだよ」と言った。


古い手紙

年末に実家の荷物を整理していたとき、父の古い引き出しから一冊のノートが出てきた。

表紙には何も書いていなかった。開くと、父の几帳面な字で、日付と短い文章が並んでいた。

日記だった。

ページをめくると、息子——彼のことが、そこかしこに書かれていた。

「今日、学校で賞をとったと聞いた。本人には何も言えなかったが、嬉しかった。」

「口を利かない時期が続いている。何か言うべきだと思うが、何を言えばいいかわからない。」

「熱が出た。夜中に様子を見に行くと、苦しそうに眠っていた。朝まで傍にいた。」

最後のページに、一行だけ書かれていた。

「信じてほしい、という言葉は、言えなかった。でも信じていた。ずっと。」

彼はノートを閉じて、しばらく動けなかった。

父は五年前に亡くなっていた。もう問いかけることも、答えを聞くこともできない。それでも、あの枕元の夜の意味が、今になってようやく言葉になった気がした。

信じることで救われる——父はずっと、息子を信じ続けていた。言葉にしないまま、ただ傍にいることで。そしてその信頼が、今この瞬間、時間を超えて彼のもとに届いた。

涙が来た。声も出さずに、ただ流れた。


もう一度、信じてみる

年が明けた一月、彼は後輩に連絡を取った。

十年以上ぶりだった。返信が来るかどうか、わからなかった。でも、送らないままでいることのほうが、もう耐えられなかった。

「あのとき、黙っていてごめん。ずっと、言えなかった」

それだけ書いた。

三日後、返信が来た。

「覚えてますよ。でも、正直もう気にしてないです。あの経験があったから、今の自分があると思ってるんで。元気ですか?」

それだけだった。責めも、許しの演説もなく、ただ「元気ですか?」という一言がついていた。

彼はその短い文章を、何度も読んだ。

信じることで報われる——報われるとは、何か大きなものを得ることじゃないのかもしれない。ただ、長い間ガラスの向こうに置いていたものを、もう一度この手で触れられるようになること。それだけで十分なのかもしれない。

娘が部屋に入ってきて、彼の隣に腰を下ろした。スマートフォンを覗き込んで、「誰?」と聞いた。

「昔の知り合い」

「仲直りしたの?」

「……うん」

娘は「そっか」と言って、また走っていった。

彼は窓の外の冬空を見上げた。

愛されることで、愛することを覚えた。裏切ることで、裏切りに怯えた。そしてようやく、もう一度だけ、信じることを選んだ。

その先に何があるかは、まだわからない。

でも父のノートの最後の一行が、今はもう、ちゃんと聞こえる。

信じてほしい、という言葉は、言えなかった。でも信じていた。ずっと。

By trusting, we are saved. By trusting, we are rewarded.

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