愛を持ってコロナと戦争を考える

あまびえ

ある人は今回のコロナは、中国の武漢のウイルス研究所から漏れ出したのではないのか?その理由に今回のウイルスは自然界にはない物だから・・・と言う。

またある人は今回のコロナはアメリカの経済政策、戦略の一つではないのか?世界恐慌を巻き起こしてデフォルトをおこして・・・   などと言う。

まるで真逆。

国のやること、世界のお偉い様達の考えることは、ほんとの所どうなのかは、一般人の私達にはわからないけれど、いつの時代も世界は、平和からはとても遠いところで動いている。どの国の歴史も戦いの積み重ねだ。

それは過去の出来事ではなく現在進行形であって、争いがまったく無い世界は今まできっと唯の一度も無いのではないか。??

無い物を欲しがるから、争いが絶えない。

このことは、なにも国に限ったことではなく、日々の暮らしの中でよく見る光景だと思う。本当に些細なことだけれども、おもちゃの取り合い、お菓子の取り合い、から始まり、好きな人の取り合い、土地の権利の奪い合い、財産の奪い合い、ビジネスでの顧客の奪い合い、その主語が国になると、エネルギーの奪い合い、資源の略奪に繋がる。

資本主義ではない動物の社会でも、縄張り争い、食料争いが絶えず、命の奪い合いの毎日・・・・・・

これらが全て無くなった世界が平和なのかは正直私にはわからない。

程よい刺激が妥当だけれども、世界はそんなに都合よくバランスを保ってくれるはずもなく、突然想像を超える出来事が沸き起こる。

何時の時代も、僕達 一般ピープルには世界を変える力などあるわけもないから・・・唯々時代についていくだけである。

必死についていく。

今の状況。

コロナだけを異常に恐れている、世界の状況に、逆に恐怖を感じるのは私だけではないはず・・・

大きな出来事をきっかけに世界はなにか変わっていくものだと・・・そんな気がするのだけれども、

ただそれは今わかることではなく、何年?何十年?か後、振り返った時にはっきりと理解できるものなのかもしれない。

コロナ以前の世界とは違う世界が、もうすでに動き始めたのだとしたら、

国の考える、補助金を当てにして我慢しているだけでは、もとの経済に戻ることはもうないはず・・?

世界はこうなる前からずっと厳しかった。まさに自然の厳しさと同じように、

美しさを持って時々厳しく迫ってくる。

・・・本当は逆なのかも。

厳しさの中に 時々際立つのが、綺麗な景色だったり、水だったり、空気だったり・・・優しさだったり、愛だったり・・・

コロナの裏で 沸々と湧いている、第三次世界大戦という雰囲気。

私達、一般ピープルにできることと言えば、自分の中の愛をおさらいすることだと思うのです。

他人との戦いではなく、自分との戦いを・・・

world war  ではなく  どうか world peace を・・・・

どうか お願いします。

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