股関節唇損傷体験記 #7
大腿骨寛骨臼インピンジメントの手術
眠れないまま、朝を迎えた。
今日のスケジュール表がテーブルに置いてある。
入院時にもらっていたのだが、しっかりと目を通していなかったので、あらためて読んでみる。
朝、9:00 離床
大腿骨寛骨臼インピンジメントの手術
離床?
えっ?!床から離れるってもしかして、起きるっていうこと?本気? まだ、子離れだって出来ていないのに?もう立つの?!
いやいや、いくらなんでもスパルタすぎでしょう、!?
・・・半信半疑の所に、朝食が届く。
僕はまだ、痛くて起きれない、というよりも、起きたくない。
全身麻酔のせいでか?体のおこし方を忘れてしまったと言ったほうがしっくりくる。
そんなふうに、まだ寝たままの状態だ。
仕方なく僕は朝食を食べるべく、簡単ではない準備にとりかかることにした。
まず、一番の心配はお通じである。
問題1
僕の体質でもある、朝ご飯を食べると直ぐに便をもよおすこと、それをクリアするためにはどうしたらいいか?
このままベッドでする方法があるのか?
それともオムツなのか?
まだ、尿道に管も通っているし、
どうすればいい?
一人では答えが出せず、恐る恐る看護師に相談してみることに。
その答えは僕の想像のバーを遥かに高く飛び越えてくるものだった。
「では、管を抜いて、トイレに行けるようにしましょう!」
慌てる様子もなく、動揺する素振りも見せない、プロフェッショナルな態度で、管を抜いて見せた。
手際の良い対応!
問題2
プロの仕事を堪能している間もなく、次の問題が僕を襲う。
お、起き上がれない!
ベッドの助けも借りて、上半身を起こしたその途端、
体の奥からは吐き気が、そして全身からは、冷や汗がドバっと溢れ出て、それらと共に、起き上がろうという気力も一緒に、毛穴から流れ出てしまった様で。
僕は朝食を食べることを断念した。
朝食が出てくるとは考えてもいなかったから、食べられないこと自体は苦痛ではなかったのだが、
せっかく出してくれた朝食に、なにも手を付けずにそのまま返すこと、
その行為に情けなさと悔しさいっぱいで、僕の心は泣いていた。
問題3
しばらくして、吐き気も落ちついて来た頃、
また、新たな問題が襲って来る。
さて、尿は何処に出せばいい?!
さっきまでそこにあった、肝心の管はもういない。
食後の事を考えて早々に外してもらったのだから、
ピンチ。
大腿骨寛骨臼インピンジメントの手術
したいと思った時にはもう、時、既に遅し、なんてこともあり得る。
流石にそれは困る、恥ずかしいと思ったのか?
僕の脳が、身の危険を感じ、きっとアドレナリンを出したのだろう、痛みの中ゆっくりと体をおこし、足を手で引っ張りベッドの下まで、ヘリコプターのそれの様に、ゆっくりとそうっと、着地させることが出来たのだ。
初めてにしては上出来だ。
そして、生まれたての子鹿のように、松葉杖と共に立ち上がる。
離床達成!ピンチはチャンス。
これでもう、怖いものは無くなった。
さあっ、今なら朝食だって受け付けられる!それこそ、そんなの朝飯前だ!
アドレナリンのせいもあってか、いつでも退院できる状態にまで、一気に気持ちがたかぶっていたように思う。
冷静になって考えると、朝食前にこの状態に持ってきてさえいれば、朝のご飯達は今頃、胃の中で胃酸と戦っていたことだろう。
2021年 5月15日、
リハビリの、始まりの日。
こうしてまた、新しい記念日がカレンダーに刻まれる。マークは♥にでもしておこうかな。
#1 出会いの数だけ・・・ 股関節唇損傷との出会いはこちらをお読みください。