計算された失敗 あの日の「X」の看板

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イーロン・マスクがTwitterを買収し、
その名前を「X」に変えたときのことを覚えているだろうか。

ある日、サンフランシスコにある本社の屋上に、
巨大な「X」の看板が現れた。

しかも、ただの看板ではない。

夜になると、煌々と光り、
それが街の中で存在を主張する。

ところが、ほどなくして近隣住民から苦情が寄せられた。

サンフランシスコ市の建築検査部門には24件の苦情が入り、
まぶしい光や安全性などが問題になったという。

そして巨大な「X」は、設置からわずか数日で撤去されたのだ。

なんともお粗末な話だ。

ニュースにもなった。

写真が撮られ、

動画が拡散された。

世界中のメディアが、この「X」を報じたのだ。

さて、

この一連の出来事、お粗末な話ですむような、

ただの失敗だったのだろうか。


もちろん、本当に計画外の出来事だったのかもしれない。

近隣から苦情が来ることも、想定していなかったのかも。

僕には、その内側の事情は分からない。

 

でも、もし僕がこの出来事を別の角度から見るとしたら、

ものすごく上手な広告に見えてしまう。


普通、会社が新しい名前を世の中に覚えてもらおうと思ったら、広告を出す。

テレビCMを流す。

新聞に載せる。

インターネット広告を流す。

看板を出す。

そして、

「私たちはTwitterからXになりました」と伝える。

もちろん、それには莫大なお金がかかるだろう。

ところが、巨大な「X」を屋上に取り付けるとどうなるか。

看板設置

まぶしい

近所から苦情が来る

行政が調査する

撤去される

その一連の出来事がニュースになる。しかも世界中でだ。

そうなれば、

広告に莫大なお金をかけなくても、メディアが勝手に「X」の名前を世界中に運んでくれる。

ということになる。

しかもニュースには、

「Twitterを買収したイーロン・マスク」

「TwitterがXに変わった」

「巨大なXの看板」

という、ブランドを説明するために必要な言葉まで付いてくる。

これって、ものすごく強い広告ではないだろうか。


巨大なXが街の上に突然現れる。

そして消える。

たった数日しか存在しなかった看板が、
何年も前の出来事なのに、こうして今でも「あのXの看板」として語られている。

看板そのものは消えた。

でも、

記憶には残った。

広告として考えれば、これは非常に強い。


しかも、これはSNSの会社だ。

SNSとは、そもそも「人が人に話したくなること」で広がっていく世界だ。

「見た?」

「何あれ?」

「Xの看板、撤去されたらしいよ」

そんな会話が生まれた瞬間、
広告はもう始まっている。

企業が広告を出して、

「Xを知ってください」

と言うより、

人々が自分から

「Xの看板がすごいことになってる」

と話す方が、はるかに強い。


だから僕には、あの出来事が

「SNS会社による、リアル炎上商法」

のように見えたのだ。

もちろん、

証拠はない。

 

でも、

もし最初からそこまで計算されていたのだとしたら。

 


 

看板の設置費用と撤去費用など、
世界中で流すための広告費に比べれば、
ずっとずっと、安かったのではないか。

破格。

そんな想像さえしてしまう。



あの巨大な「X」、

街の屋上に取り付けられた看板ではなく、

世界中のニュースの中に取り付けられた看板

そして数日後、

その看板は撤去された。

でも、消えたりはしない。

むしろ、色濃くリアルよりも鮮明に

一番届かせたいところに残った。

人の記憶の中に。

ついでに、このブログにも刻まれた。


あれが本当に計算されたものだったのか。

それとも、

ただの失敗だったのか。

もしこれを見て

「計算された失敗」

だと思った人がいるのなら、

もう広告としては大成功なのかもしれない。

僕には、あの看板Xが、
そんなふうに見えた。

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